March 07, 2008

『ドアノー写真集 4 パリ郊外』

パリ郊外 ドアノー写真集 (4)

ロベール・ドアノー Robert Doisneau (1912-1994)
フランス・パリ郊外のジョンティイ生まれ、モントルージュ育ち。



一昨年に、同じくフランスの写真家であるアンリ・カルティエ=ブレッソンの企画展に行ったことを思い出すけど、それよりもずっと前から私はドアノーの写真が好きだった。
パリやその周辺に住まう一般の人々の雑多として混雑した極々普通の生活を、なんともユーモアたっぷりに写真という一瞬に閉じ込めている。京都で私がよく行くパスタ屋(兼ケーキ屋)には彼の作品でパブロ・ピカソを題材にした写真が大きく展示されている。下記リンクにあるので見ればわかるけれど、最初に「おや?」と思わせておいて、「ああ」とちょっぴり笑わせてくれる一枚だ。

彼はこんなことを言っている。
レンズは主観的だ。この世界をあるがままに示すのではない。私が気持ちよく感じ、人々が親切で、私が受けたいと思うやさしさがある世界だ。私の写真はそんな世界が存在しうることの証明なのだ


いったいどんな視線で彼はパリを、パリ市民たちを愛情込めて見つめていたんだろう。



今回購入したのは、すでに持っている第1巻「パリ」に続いて「パリ郊外」。2、3巻はちょうど見当たらなかったので飛ばしたけれど、ひとまずパリというテーマを通してじっくりこれから見ていこうかなと思う。



□参考
何必館 ロベール・ドアノー展
アンリ・カルティエ=ブレッソン展




vespertide at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

March 04, 2008

柴崎友香 『ショートカット』

ショートカット

半透明のブックカバーをはずすとそこに残るものは木々だけとなり、淡い色をした人影は消えてしまう。

引き返して片野くんを追いかけようなんて思わなかったし、次の約束をしたいとも思っていなかった。ただ、もう一回、同じように同じ道を片野くんとしゃべりながら歩きたいと思った。一時間前に戻って、もう一度あっちゃんの店の前から二人で歩きたかった。まったく同じ事を繰り返しても話してもいいから。明るい真夜中の道を、自転車の車輪の音を聞きながら、一時間だけ。(61)


とても残酷な夢を見る一方で、その割合は少ないけれど幸せな夢を見ることがある。それはかつてあったことだったり、それがほんの少し自分の望んだ形に変わったものであったり、さて全くもって新しい想像の世界であったりと様子はいつも違うけれど、目覚めてふと思い出す瞬間には「もう一度」と横になってしまいたくなるようなものばかりだ。
特別なことは望んでいなくて、特別強く望んでいるわけでもないのに、こうして夢に見てしまうものだから、”まったく同じ事を繰り返しても”いいからと思わずにはいられないものだった。
大切なものを失ったとしてもそれをことさらのように言葉や態度に示すばかりではないけれど、私だって時にはそんなことを口に出してしまいたい時がある。ただそれはやはり大声を出したりするような類のものではなくて、”明るい真夜中の道を、自転車の車輪の音を聞きながら”話すような、静かで、ゆっくりしたことなんだと思う。少しくらいは笑いながら、悲しい話をしたくなったりするような。



「遠くにおるってことと、そこにおれへんってことは同じじゃないけど…」(67)


ある映画にこんなセリフがあった。(*1)

”人生は断片の総和よりも大きいのよ”

同じに見えるものが違うものだと気付けたら、それだけで少しは何かが変わるだろうか。



(*1)『16歳の合衆国』:突然、刹那的な殺人という凶行に走ったごく平凡な16歳の少年の心の内を真摯に見つめた衝撃の青春ドラマ。主人公の複雑な心の葛藤と、事件で安定を失ってゆく周囲の人々の人間模様をリアルに描く。





vespertide at 13:54|PermalinkComments(1)TrackBack(0)